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鉄拳7 [ゲームの話]

鉄拳7

いつの間にか鉄拳も7作というか9作か?

タッグが2つあったような

こちらはアーケードもあるようだ

でもバンダイナムコ

商売が悪どい感じがする

ガンダム戦場の絆とかかなり悪どい集金システムだったからな

まあ今回は鉄拳7

実はダウンロード版の高い方を買っていた

(やってないゲームが溜まっていく)

初代のカズヤを平八が突き落とすシーンはそういうことだったのかと

初代のポリゴンはかなりショボかったので

まさかこんなに続くとは

当時はバーチャファイターの方が人気があった

鉄拳の本当に人気出たのは鉄拳タッグからかな?

そして4でイマイチだった印象がある

家庭用は4から買ってなかった

5、6とタッグ2はぜんぜんやってない

久しぶりの鉄拳

でもイマイチ格闘ゲームが面白いと思わなくなってきた感じの自分がいる

対人戦はあまり好きじゃなかったのもある

でも格闘ゲームは買っていた

ゲームは個人的には共闘が好きだから

そういうゲームがいいな

ストーリー一通りやって終わりそう

1万円は高かったかもしれないが

スマホの課金よりはマシかな

時間がないので遊ぶ時間もないのもいけない

時間があるとバイクで出かけてしまう

後、最近のゲーム、ロードが長くないか?

難しいよ [ゲームの話]

最近はスマホのゲームには課金してない

課金ではなく購入はしてる

スマホゲームよりPS4のゲームなのだが

大作も少しやっただけとか

そんな中アーケードアーカイブスの忍者くん阿修羅の章を買った

携帯でやったことあったが

こんなに難しかったかと思うぐらい難しい

因みにゲーセンでみたことがなかった

初代忍者くんはある

初代の忍者くんはおもしろいかというと微妙

阿修羅の章はおもしろそう

それに携帯のやつはクリアしたのだが

難しいと思うのがジャンプ

垂直ジャンプとナナメジャンプの高さが違う

ナナメジャンプのほうが高く跳べる

ジャンプ中は操作できない

とそんなところが難しい

しかも序盤で終わってしまう

うーん何となく見なかった理由がわかるような

そういえば昔忍者くんの作者のインタビューが何かの雑誌に載っていたな

忍者じゃじゃ丸くん対してディスっていたようなwインタビューだったわ

忍者くんも微妙なのにね

UPLというのも見なかった理由かな

でもアトミックロボキッドは会社で扱っていた

でもそれ以外のUPL製品はみたことないな

販売網にめぐまれなかったのか

ゲームがおもしろくなかったのか

微妙なゲームでしかも難しい

困ったものだね

少なくとも影響した [ゲームの話]

愛知県のゲーセンで昔事件があった

豊川のWAVEの事件だ

今でもその事件の犯人とされている人の救済のチラシとかが

豊橋の駅前とかで配られているぐらい

こちらでは風化してない(と思う)事件なのだが

この事件父親が深夜のゲーセンの駐車場に子供クルマの中に乗せたままゲーセンに遊びに行ったときに

起きた事件とされている

子供は2歳ぐらいの子だったかな?

その子の泣き声がうるさいと犯人がその子を連れ出し豊川に投げ入れ殺害したというものだ

正直この犯人とされている人、俺も犯人じゃないと思う

この事件で深夜にゲーセンがあいている事実

これは別に違反ではない

風営法の対象外のところにも一応ゲーム機がおけるのだ

会社では10%営業と言っていた

簡単にいうと売り場面積に対し10%までのゲーム機なら風俗営業の対象外で無許可で営業できるというものだ

昔のオートレストランとかこれが多かった感じ

ただ10%営業を守らないところが多く(俺の行っていた会社も守ってなかった)

愛知県はこの10%営業のことはそれ程うるさくなかったのだが

WAVEの事件以降厳しくなった感じだ

そして今は24時間営業しているゲーセンは愛知県にはたぶんない

その当時思ったことが

父親が深夜に遊び回ってなかったらこんなことにはならなかったかも?

この事件父親の責任が一番重いと思っている

ネットでは犯人とのはなしもあるぐらい

ある意味真犯人である

営業しているこちら側が言うのはおかしいのかもしれないが

深夜ゲーセンで遊び歩いている父親はダメ人間としか思っていない

パチンコ屋の駐車場に子供を残してパチンコをしている親といっしょ

炎天下のクルマの中に子供を閉じ込めてどうなるか想像できない親といっしょ

自分の欲望が我慢できずに遊んでしまい子供を死なせてしまった親といっしょ

WAVEの対応は確か子供を連れての入場を注意していたとか

風俗営業の対象外なら別に連れて行っていいのだが

(もしかしたら県の条例でダメなところも)

でも深夜に親が子供を連れ回すという行為は正直反対

この父親が事件を起こさなくともゲーセンは縮小したと思うが

この父親が縮小レベルを加速させたと思っている

本来なら経済のため24時間でも自由に営業させるべきなのだが

警察がめんどくさいのと天下りのために作った風営法

昔のゲーセンは今の道の駅より

経済にとっては健全だったと皮肉を言っておこう


スト4 [ゲームの話]

俺の家にはPS3しかない

対戦格闘ゲームが欲しかったので

ダウンロード版のウルトラストリートファイターⅣ?だったかなを買った

俺がゲーム関係の仕事をやめてから出たゲームだ

スマホでも少し遊んだが別にいいかというレベルだったが

最近調べてみたら結構キャラクターが多い

なんとなく欲しくなってきた

本当はスト5が欲しいがハードを持っていない

なのでスト4を買った

やった感想は絵はきれいだがこんなものかという感じだ

俺がゲーセンにいたころは新作の格闘ゲームには何かしら新しいシステムがあるのが当たり前だった

なのにスト4にはそれが感じられない

システムも出尽くした感はあるけど

ならばある程度てんこ盛りにして欲しかった

ZEROとかにあったオリコンとか残して欲しかった

動きも絵が綺麗だが

そのせいでもっさりな感じもする

新キャラを遊ぶのは楽しいが

それ以外別にという感じだ

PS4のマーヴルVSカプコンが欲しいな


ゲーム業界昔の話7 [ゲームの話]

俺がゲームの仕事に入ったころは

ちょうど26インチのテーブル筐体が出てきたころだ

セガのエアロテーブルというやつだ

オートスナックとか多かったころには

なかなかのテーブルだった

でもコントロールパネルにうどんやカップラーメン

ジュースなどこぼされよく洗浄していた記憶がある

ジュースは今でもあると思うが

うどんやカップラーメンは最近ではないのでは?

今となってはなつかしいが

当時は実に迷惑だった

プレイヤーの反対で座りながら食べるのはいいが

プレーヤーが食べながらゲームをやって汁をこぼしたり

食べてからやればいいのにと思っているが

食べながらやるのがいいみたいだ

ならば汁物はやめてくれればいいのに

それでも汁物を食べたいらしい

カップラーメンとかなければいいのにとも思ったりしたが

カップラーメンは俺も食べた

必需品ではあった

昼飯はカップラーメンとハンバーガーとか

うどんとハンバーガーとかだったりもした

まあ30年前は当たり前の光景だった感じだ

テーブルからアップライト筐体になっても

汁物は敵だったのは言うまでもない

まあまあ本当になつかしい光景だし

それが当たり前だった

いい時代だったのかもしれない


ゲーム業界昔の話6 [ゲームの話]

ゲーム関係の会社に勤めていたとき

絶対に避けて通れない修理がある

モニターの修理だ

割と危険というか非常に危険な作業

正直怖い

何が怖いかというと

放電が怖い

テレビとかでやっている

何万ボルトの静電気みたいなやつだ

結構痛い

気を付けていても電気が飛んでくる感じだ

モニターの修理と書いたが

修理するときもあるがモニター基板の交換のことだ

修理するモニター基板をメーカーに出してそれを取り付ける作業だ

もちろんブラウン管時代のはなしだ

アノードキャップというものを外すとき

洗礼をうけてしまうことがある

電源を落としそのキャップといわれる部分を触るとき

電気がこないようにと願うのだが

願いはむなしく電気がきたりする

すごく痛い

触りたくはないが仕事なので仕方なく触る

多いときは1日5枚の基板を交換したときがある

数が多かったので結構換えた

18インチのテーブルの時代はブラウン管も重くなかったが

29インチ時代は大変だった

ブラウン管が重い

1日3台ぐらいの交換が限界だった

ブラウン管を外さずにできたものもあるけど

アーノドキャップがしっかりはまっているか心配するぐらいなら

最初からブラウン管を持ち上げて交換したほうが安全

今のゲーセンブラウン管も少なくなったと思う

昔の思い出


ゲーム業界昔の話5 [ゲームの話]

昨日久しぶりにゲーセンに行った

ビデオゲームが本当になくなった

と思ったらピンボールがあった

ピンボールだけ遊んで帰ってきた

ということで

ピンボールの思い出でも書こうかと

一番好きなピンボールはたぶん昔書いたと思うが

ブラックナイト2000というやつ

俺が行っていた会社ではピンボールのことを

フリッパーと呼んでいた

フリッパーというのは打つところのことを言うのだが

何故かピンボールと言わずにフリッパーと

ブラックナイト2000は遊び方を知っていて

友達と点数を競っていた

ピンボールはルールがわかると本当に面白いと思う

もう1つ思い出がある

ミュータントタートルズというピンボールだ

データイーストが販売したピンボールなのだけど

個人的には簡単にマルチボールになる機種は嫌いなのだが

素人には受けそうな感じがしたのでボウリング場に入れた

あるとき故障の紙が貼ってあったので

修理のため絵ガラスを外した

確かヒューズの確認をしようと思って外したような

確認だけなのですぐに終わると思い

絵ガラスを斜めになった本体のガラスの上に乗せていた

知らない間に絵ガラスは本体をすべり

絵ガラスは割れた

上司に報告して注文していいか聞いた

注文していいがいくらかかるかと納期はいつか聞けとの命令がきた

上司は結構高そうだと言ってきた

そしてメーカーに聞いてみた納期が1ヶ月かかると言われてしまった

がそれでは困るでしょとメーカーは言ってきた

もちろん困ると言ったら

メーカーにある中古になる絵ガラスならすぐ出せるとのことだったので

それでいいのでいくらかかるか聞いてみた

1万ぐらいでいいとのことだったので

すぐに会社に連絡を入れて上司に許可をとり

注文を入れた

上司は案外安く済んだと言っていた

今度から気を付けるように言われてその件は終わった

それから絵ガラスは壁とかに立てかけておくようにした

まあ失敗は当然これだけではないが

今でも忘れていない苦い思い出である


ゲーム業界昔の話4 [ゲームの話]

ゲーム業界から離れてもう8年ぐらいになる

今ではゲーセンとか行かない

あっ!

この前、女の子にリラックマのぬいぐるみせがまれてかなり使った

だけどそんな動機でしか行かなくなった

いろいろな機械を仕入れていた

業界に入る前はメダルゲームとか好きだったが

ただで出来るというか修理がめんどくさいものばかりで

メダルゲーム機がきらいになった

大型機も多く正直わからないこともあった

エキサイティングダビーとかいうシグマのメダルゲームがあったが

シートパネルにジュースをこぼされたりして操作不能になったりした

意外にも操作パネルの基板を洗えば直ることが多く

よくトイレで基板を洗っていた

エアータオルのあるところはよくそれで水を飛ばしていた

だけどそれだけでは乾かなかったので

クルマのダッシュボードに置いて乾燥させたりしていた

朝点検して基板を回収そして乾燥した基板を夕方取り付けに行った

お客にはこの苦労わからないだろうが

ジュースとかこぼさないでほしい

ジュースをこぼされるのはメダルゲーム機だけではないが

メダルゲーム機のほうが圧倒的にめんどくさい

それとメダルが詰まる

店の人とか直してもらえないと当然止められる

機械が結構高いので止められると痛い

それでもそんなゲーム機を入れてほしいという要望が多かった

現金が直接入らない機械だといくら稼いだかわかりずらい

もしかして修理の割合が半分以上メダル機械に費やされたのかもしれない

でも業界を離れたらまたメダルゲームで遊んでみたいかも


ゲーム業界昔の話3 [ゲームの話]

俺が働いていた会社はゲームのディストリビューターとレンタルの会社だった

ディストリビューターとは販売代理店だった

でも個人には売らなかったけどね

会社の倉庫に売れ残ったサイバリオンが1年ぐらいあったような

もったいない話しだが

当時はそれでも利益が出ていた

安売りしてしまうと値崩れするので絶対にしなかった

後は修理依頼のもぐらたたきとかもよく見かけたような

現場修理の思い出でセガのヘビーウェイトチャンプというボクシングゲームがあった

当時のセガは体感ゲームという分野のゲームを作っていて

ヘビーウェイトチャンプもその1つだ

立ってするゲームなのだが

コントロールが特殊で

パンチを打つみたいな作りになっていた

なんとなくその動きに納得してしまうのだが

実際のパンチとは動きが違う

でもよく出来ていたと思う

ただそのコントローラー部がやたらと壊れた

そのコントローラーユニットを結構交換した記憶がある

軽くやってもパンチは出るけど

早くパンチを出すためには

早く動かす必要がある

したがってコントローラーに知らずに力が入ってしまうということになる

そして150キロぐらいの筐体も動いていたりする

巡回のときにいつも位置を直していた

後に支えているアジャスターを台座を作り固定したりしたが

簡単な溝だったのでそれなりの効果はあったものの

やはり位置は直していた

そしてコントローラーだけでなくモニターも壊れだしたころ

ヘビーウェイトチャンプはなくなっていった

おもしろいゲームだっただけに残念だ

たぶん今はどこも可動していないのではないかと思う

あったらまたやってみたい


ゲーム業界昔の話2 [ゲームの話]

アルバイトからゲーセンの店員を始めそこの正社員になった

正社員になりゲームのメンテナンスが主な仕事となった

JAMA規格という配線とか覚えないといけなくそれなりに大変だった

もちろんJAMA規格だけではないけどまずはJAMA規格

俺が正社員になったころほぼ統一のゲーム基板のエッジの規格だ

56ピンの両面の仕様だ

ほぼ統一の規格と書いたがセガだけこの規格に参加してなかった

セガは独自の仕様だった

なので独自でハーネス(エッジの規格の差し込み部分の部品)を販売していた

セガは新JAMA規格になるまで統一の規格には参加しなかった

ゲーム基板を動かすのに何が必要か

おおまかに書くと

モニターと電源とコントローラーと基板だ

当たり前のことだが

修理するときこのことがすごく大事になる

とにかく覚えることが大変だったことだけ覚えている

JAMA規格とか暗記はしてなかった

説明書に配線図とか入っていたから

それにゲームごとにコントローラーの仕様が違っていたので

といっても2ボタンか3ボタンの仕様の違いぐらいだったかな

そういえばサイコソルジャーだったと思うが

説明書が5ボタンになっていたような?

ゲーム自体は多くて3ボタンぐらいだったはずだが

説明書は5ボタンの説明があった

わかってしまえば簡単だが

勘違いとかで直らないこともよくあった

後は会社独自のハーネスの規格があったりと

なかなか複雑なところもあった

と今日はここまでかな

まだまだあるので(20年務めた会社なので)

その話はまた


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